学期末提出作品より

  • アキバ無差別殺傷について

昼間の秋葉原の歩行者天国でのこの事件はとても衝撃的でした。何の罪もない人が殺されてしまい、いろんな人がいろんなことを考えたと思います。加藤智宏容疑者の学生時代は、エリートと呼ばれる道を歩んできたらしく、自分の仕事に納得していないとか周囲への不満もあったみたいでしたが、私の考えでは、納得できないなら自分なりの努力をしてみるとか、周囲に心を開いてちょっとでも頑張ってみるということも出来たと思います。決して言葉では簡単に言えても行動に移すことは難しいと思います。しかし、自分で行動しなくちゃなんにも変わらないと思います。たくさんの人が見る掲示板に心のなかのうち秘めたものを書き込み、「彼女がいれば……」や「死ぬまで一人。死んでも一人」「会社が悪い」などといった悲観的な言葉が多くみられたことに言葉が出ませんでした。こんなことになる前に誰かしら手をさしのべることは出来なかったのかなと思いました。「オタク」という言葉が世間に広まった今の時代。アニメや漫画が好きでなにが悪いのかなと思いました。誰にでも必ず好きなものがあり、それがたまたま漫画やアニメだったということで何にも悪いことはないと思いました。メディアなどではオタクだったからというようなことをいっていますが、それは間違っているんではないかと私は思います。誰かと関わりたかったからこんな書き込みをし、犯行におよんだんだと思います。私は、加藤容疑者に一人でもどんなことでも話せる信頼できる人がいたらこんなことにならなかったんではないかなと思いました。いまでも心に引っかかる言葉があり「死ぬまで一人。死んでも一人。」という言葉。私たちの考えでは、今でも親や友達。たくさんの人と関わっているから今こうして生活していられる。死んでからのことなんて今はわからないこと。加藤容疑者は考えなかったかもしれないけれども、決して一人では生きていけない。決して一人ではなかったということを気づいていればなあと思いました。もし、私の周りで悩んでいて深刻なことになっている人がいるならば、一刻も早くそれに気づき、話を聞いてあげたり、なんだかの手助けが出来ればいいなと今回の事件をきっかけに強く思いました。この事件に関係のなかったたくさんの人たちが秋葉原に花を持って悲しみにきている姿を見ていると今回の事件は必ずなんらかの手で阻止できたんではないかと思いこれから絶対こんな恐ろしい事件の報道が出回らないようにもう少し自分以外の人間に感心などを持ち、よりよい社会を私たちの手で築いていきたいと思いました。(KA)


たった数分間という時間で何人もの人が殺されてしまいました。今こうして普通に過ごしている中で、そんなことが起きていたなんて知りませんでした。日本は今環境が危うい、心配ごとはただそれだけかと思っていました。やっぱりいつの時代も完全に平和とは言えないんだと感じました。人間にはそれぞれいろんな人がいますが、なぜ人を殺そうだなんて考えるのかわかりません。人を殺して乾いた心が満たされるわけではない、ただその時になぜしてしまったのかという罪悪感と後悔だけがその人に新たな苦しみを与えるだけです。そしてその罪は、決して許されることのない重罪。なぜ容疑者はそのような行動をとってしまったのか? わたしにはわかりません。共感することができないと感じました。容疑者は、不満がかなり溜まっていたことは分かります。小さいころから両親に英才教育を受け、やりたいことも出来ず過ごしていたことは、ニュースで聞きました。それに、容疑者は自分のことでかなり追いつめられていました。「自分はモテない、こんな自分はダメ、存在そのものが迷惑」こんな考えが容疑者の中には行き交っていました。容疑者は誰かに支えてもらいたかった、誰かに自分の存在を認めてもらいたかったんだなとも感じました。誰だって1人は淋しいものです。1人でも大丈夫という人はただ強がっているようにしかわたしは思えません。だから人は、淋しさを人と交わることで紛らわせます。きっと容疑者はそのこともできず、周りも助けてはくれないとゆう現実を突きつけられていたんだと思いました。そういうことでは、容疑者はかわいそうな人だと思いました。しかし、不満が溜まっているからと言って、人を殺して良いとは絶対にありえないことです。容疑者には、自分が犯した罪をきちんと理解し、更生する必要があります。でも、VTRを見て容疑者のことについて深く考えている人たちがいることにびっくりしました。しかも、容疑者を恨むことではなく容疑者を助けられたんじゃないかと考えていることに今の世の中は優しい世の中になったんだと思いました。(AM)


「秋葉原で起きた無差別殺人事件」私はこのことをニュースで耳にし唖然としました。人間が人間を殺す……それは決して許される事じゃありません。当たり前というかむしろ絶対あってはならないことです。「誰でもよかった……」犯人はこう言っています。私はこの事実を知ったとき怒りを覚えました。平気で何人もの尊い命を奪っておいてそんな無責任な言葉があるのかという気持ちでいっぱいです。そもそもこの犯人の気が知れません。なぜ人を殺そうと思ったのか、そしてなぜ秋葉原を犯行現場に選んだのか、そしてこの人の心理状態はどうだったのか……。何かに悩んでいたかもしれない、何かが上手くいかなかったのかもしれない、だがしかしいくらつらい状況にあっても殺人という行為は決して犯してはいけないものです。この事件にニュースを見て私はいろいろ考えさせられました。そして、これからの長い人生この犯人のように道を踏みはなさずにいきたいと思いました。(HA)

  • 食糧危機を考える

ハイチ米共和国という国は食糧危機に陥っていることがこのビデオ見て初めて知りました。ハイチ共和国は、「高価ものを売っても高価はない」ととても苦しい毎日を当たり前に送っていることを知り、同じ地球の中でもこんなにも貧富の差があることにびっくりしました。水と泥を混ぜたクッキーを売る商売はほんとに衝撃的でした。アメリカから輸入した安い米で食事をできる環境であっても、「安い米」というには、同じ人間なのに国のせいでそのような食べ物を安いものを仕入れて生活する生活は、なんだか差別されていると感じました。私たちは、当たり前のように「1日3食」食べられる生活を送れることは、ほんとに幸せなことだと改めて思いました。よく考えてみると、私たちの口に食べ物が届くまで、たくさんの人たちが関わって成り立っています。そして、自然の力をかりて食べものを育てる。そして商品として加工し売ったりする。商品として、お店に売られるまで作った人のいろいろな努力や苦労、簡単に私たちは食べ物を残したり、捨てたりしてしまうことがあります。を考えてみるとそういった人の苦労など簡単に忘れてしまっていることに気づきました。ハイチ共和国は十分に一人一人が満腹を満たすまで食べものを得られない、そんな生活を毎日送っています。毎日私たちは与えられている食べものがあることに感謝しないといけないと深く感じるようにました。同じ地球にいても苦しい生活を送っている人かいることを心のどこかに思っておかなきゃならないことだと思いました。このビデオは、深く考えさせられることが多いビデオでした。煮魚と豆が入ったご飯…。とてもシンプルで質素に見えました。それをニコニコして食べている子供たち…。ほんとにかわいそうでした。私は、今の当たり前に送れる生活に不満などたまに持つことがあるけど、なんだかその光景を見たら、そんな気持ちは一気に吹き飛びました。世界中で食べ物が十分に口にできない国があることを忘れてはいけないと思いました。生活の中で何かこのような貧しい国に、何か協力できることがあったらしていきたいと思いました。それには、できるだけ一人一人が無駄を廃することだと感じました。(AY)


とりあえず自分には難しい内容だと思った。今この地球で何が起きてどんな問題があるのかとかニュースを見ていないからあまりわからない。でもただ一つ言えることは、この映像を見て普通に暮らせることが何よりも一番の幸せなんだなぁーと思った。普通に暮らせない人がこの世界にはたくさんいたことを初めて痛感した。あまりに卑劣すぎる映像は自分にとってとても辛かった。このような人がいても国の政府などはどうにもできないのが事実だから余計に辛い。ハイチでは、「泥クッキー」などというものを食べているらしい。その映像を見てかなり心が痛んだ気がする。同じ地球に住んでいるのにこんなに違う生活をしているのは少しわかっていたがここまで違うとは。想像を超えていた。衝撃的で自分が裕福に思えてきて悲しくなった。確かに日本もさほど裕福ではないが日本よりも大変な国はいっぱいあることに気づいた。アメリカという国がなかったらハイチの人々は飢え死にしてしまう。どうすればみんながしあわせに暮らせるのだろうか。貧困はもうなくならないのだろうか。食料の在庫がなくなってしまったなら地球全国から募金を集めればいいと思った。小学生ぐらいが働かなければいけないことがとてもおかしいと思った。このようなことになってしまう政府を許せないと思う。ガソリンだって小麦だって大豆だってみんな高くなる一方。とりあえず自分が大人になるときすべてを背負って払っていかなければならない。とてもつらいと思った。自分がこんなこと思ってもどうにもならないんだ。と思うと悲しい。今の日本の子供は、給食を残したり、家でも好き嫌いが激しく何でも残す子供が多いと思う。でも、ハイチの子供たちは空腹すら紛らわせないからかわいそう。どうしたら、この世から貧困を無くせるのか世界の政府たちが話し合う必要があると思った。(KN)

  • バレー女子日本代表〜栗原恵

バレーはあんまり好きではありませんが、今回のドキュメンタリーを見てバレーが少し好きになりました。日本女子バレーの監督の柳本監督の指導は細かいものがたくさんありました。スピードのある戦術で相手を翻弄する日本のバレーはかっこいいと思いました。選手一人一人の個性を生かしてみんなでバレーを作るという考えは長年バレーに携わってきたプロの監督じゃないと思いつけないことだと思いました。見るだけだと簡単だなと感じるかもしれませんが、実際やってみるといろいろなトラブルや微調整などが必要になるのがわかりました。栗原選手のバックアタックなども緻密に計算されていました。トスに合わせて動くのはかなり難しいものだとわかりました。何歩でボールをあいてのコートに打ち込めばいいのかなど、想像以上に細かい戦法で驚きました。日本のバレーの強さの理由がわかりました。このドキュメンタリーをみたので、これからはもっとバレーを楽しくみれそうな気がしました。バレーは体育でもやっていて最初のうちはあまり楽しくなかったのですが、みんなでと楽しく練習しているうちにだんだん楽しくなっていきました。最初はサーブもあまり入らなかったのですが、練習していくうちに入るようになったり、カットをかけたりして遊べたのでとても楽しかったです。今回のドキュメンタリーでもテクニックなども述べられていたので、参考にしたりして応用できればいいなと思いました。(KR)


栗原選手はいろいろな問題を抱えて何回か引退まで追い込まれていたのにそれに打ち勝ち今の栗原選手があるだと思いました。日本のエースと言われている栗原選手は周りからのプレッシャーがあると思います。栗原選手はそれに答えるように課題のバックアタックの練習を毎日やっていてすごいなと思いました。私だったら周りのプレッシャーに勝てないと思います。どんなに練習をしてきたとしても試合で周りからのプレッシャーで思いどおりのことは出来なかったことが何回か過去にありました。栗原選手の移籍は所属チームからは受け入れてもらえなかったり世間にかなりの批判を受けたのにそれでも移籍をしましたがそれを乗りこえた栗原選手は凄い精神力だなと思いました。足を骨折していてもバレーをしていたと聞いて驚きました。負担の大きい筋肉トレーニングをしていたから左足を痛めたなんて本人はどんな気持ちだったのかと思いました。でも、スポーツトレーナーの人に新しい筋肉トレーニングを考えてくれたのを自分が選んでするということだったのですが、栗原選手は雑巾がけを選んでいて、なんだか栗原選手をだんだん尊敬する気持ちがありました。バックアタックを調整して男子高校生と練習試合をしてだんだんと自分の弱点を見つけていて技も磨いていく栗原選手を見て本当に感動しました。自分が得意なものをそれ以上に磨くためにたくさん練習をしたりたくさん練習試合をやったり自分の技を磨くためにいろいろな方法があるのだと思いました。栗原選手は小さい頃から本当にバレーボールが好きだと言っていたときに感動しました。理由は、小さい頃から今までずっと夢を諦めないでバレーボールを続けていて途中でいろいろな試練があったはずなのに、それを乗り越えて今もまたバレーボールをやっている栗原選手が本当に凄いと感じました。私もこれからもし、続けたいことが出来たらそのことに夢をもっていつまでも続けたいと思いました。(HY)

  • 柔道家〜野村忠宏

あれだけ練習しても決勝で勝てないなんて現実はとても残酷だと思います。やっぱり自分の夢を目指すのは人生の醍醐味だと僕は思います。彼は「北京を目指したことに後悔はありますか?」とインタビューされたときに「してません」と自分の信念を言葉に表したのがとても自分の心に大きく響きました。僕の人生は正直に言って後悔ばかりです。僕は人に自慢できる物がありません。彼は心と肉体を鍛えられる柔道があります。彼の技はとてもデリケートに技を磨かれています。けど努力は必ず実るのでしょうか? 僕が思うに人生で自分が好きなことをやるのに大事なのは才能と少量の努力だと思います。才能に勝る物は存在しないと僕は思います。野村さんはやはり才能という物があったのではないでしょうか。僕も自分が高揚するような才能に恵まれたいと思います。一学期がもう終わりますね。夏休みにはなにもやることがないので運動などをしたいと思います。バレーなどもいいですがやっぱり自分にあうスポーツをやりたいと思います。甲子園などの野球観戦もいいなぁと思います。(OT)